危険!気がゆるむと思ったまま口走った上指摘されるまで気づかないおそれがあります

えーと昨日は仕事でしたが、なんとかスタートレック(渋谷TOEI)→フィースト2(えぬ)とみれまして、フィースト2……フィースト2……深町さん、見たほうがいいよ……とブラックカレーにはまってしまったグルメ客みたいなうっとりとした表情のまなさんのように口ばしりたくなるほどの秀作でたいへんたのしかったです。前作は「B級ホラーにありがちなメンツ」を取り揃えたパロディ臭のつよいものでしたけど、今作はB級ホラーにありがちなパターンを強調しすぎで突き抜けはじめた感があってすげーよかった。前作では酒場にたてこもってひとクセあるキャラたちが右往左往してなんかわからん怪物とグチュブチャの死闘をくりひろげてたものですが、今作はその修羅場のあった酒場へ女ハーレー軍団の妹がバイカー仲間と共にバイカー姉を探し求めてきて、前作でかろうじて生き残った酒場のオヤジにバイカー姉を殺した奴の居場所を吐かせてむりやり案内させていって、そうしてたどりついた街はすでに混乱があった直後らしくてもぬけのから…のようにみえたら生き残ってる車の販売会社社長(デブ黒人)とその妻(金髪白人)とその愛人で販売会社社員(バーコード白人)とかと遭遇してひともんちゃくしてるうちに怪物が襲ってきて…みたいな展開。途中で鍵屋やってる小人プロレスの人たちがかくまってくれて、そこで小人プロレスの人たちが仕留めた1匹の怪物を、弱点解明のためとか言ってバーコード白人が解剖するあたりからだんだん畳み掛けてきます。その前にフィーストを貫いてる基本原理として「自分だけ助かろうとした奴はかならずひどい目にあう」が大前提としてあるんですけど、解剖の際にも怪物の腹を裂いてあちこちてきとうに触ってたら怪物体内からブピッて屁がでて臭すぎなあまりにその場にいた全員オゲエ〜!!てゲロ吐きちらすんですけど(バーコードは平気)、バーコードがかまわずいじくってたらこんどは緑の粘液が噴出してひとりだけ別室に逃げ込んでた小人プロレスのおばあちゃんひとりにブジャアッてかかり(バーコードは平気)、それでもまだいじくりまわしてたらこんどは体内からチンコみたいのが暴れだして女バイカー軍団に白い粘つく液体をながいこと顔射しまくり(バーコードは平気)、なおのこといじくろうとしたバーコードは女バイカー軍団に銃つきつけられてやっとやめたりしますが、この時点で緑の粘液をかぶったおばあちゃんがドロドロに溶けてきはじめてて、このおばあちゃんは展開ごとにどんどんドロドロになって(でも生きてる)ウジ虫はたかるしねちゃねちゃするしで小人プロレスの人がしかたなく麻袋にいれるんですが、その後いろいろあってもういちばん頑丈なつくりの留置場に避難するためのエンジンを利用してつくった投石機の実験台にしちゃおうぜ!(by黒人販売員)みたいな展開になるまでに嫌がらせのようにドロドロになっていく(でも生きてる)おばあちゃんのくだりはちょっとおもしろすぎます。投石機にのせられる直前のおばあちゃんを袋からだしてみるなり気持ち悪すぎて全員いっせいに吐くとこの画ヅラ(溶けたおばあちゃんが中心でその向こう側で屋上から吐いてる)が待ち受けにしたいくらい好きです。その実験台にするしないエピソードの前にはかっこつけて赤ん坊を助けにいったバーコードのヘタレ野郎まるだしの件とかあって、大作とかお涙頂戴の作品ではいかに都合よくかわいいものやきれいなものが助かりすぎなのかがよくよくわかるつくりになっています。とにかく汚い奴の人権はなくて、ひとりだけ助かろうとしたら誰であろうと鉄拳制裁(でも生き残るために負傷した人を簡単に生け贄にしたりもします)・キモいものをみるなり吐くがフィーストではルールです。ちなみに投石機するしないエピソードでは投石機をつくるためという名目で女バイカー軍団がすっぱだかになったり、おばあちゃんがドロドロだからって投石機で投げていいもんか!!とかいって小人プロレスの人同士でプロレスがはじまります。怪物はなんかそのへんのネコでハメたりしてた。

スタートレックは熱血漢と冷血タイプのぶつかりあいを軸にした宇宙探検物語みたいな。ある宇宙船と共に散った艦長のひとつぶだねであるカークが無鉄砲なことばかりするスケコマシなんですけど、父親の知り合いから諭されてとりあえず宇宙船乗組員の勉強するんですが、問題行動ばかり起こすので船員には選ばれなかったもののダチがむりやりのせてくれたことから活躍してくふうな話。このカークというキャラはゆくゆくは名艦長となるそうですが、「腹のすわった采配ができる」人というのが同時に暴れ馬のように血の気の多い性質というキャラ設定がリアリティがあって好感触だった。ものすごい決断力のあるってのは他の面がかなり破綻しててあたりまえだと思う。言うことが支離滅裂なぷちとか元そのまんま東(←真ん中へんの『東国原の東京の風俗界での評判は「最悪」であります』のとこ参照。あとここもどうぞ)とかさ。型破りな人はほかの部分も型破りで、根っから品行方正な人は品行方正な采配しかできないですというアレ。目立つところにでてくる人は大抵並外れた性欲持ってたり素行がひどかったりするという真実をちゃんと盛り込んでるところがよかった。対して頭脳役となる異星人と地球人の混血のスポックというキャラがいて、冒頭のほうで論理的に判断するという部分とわき上がってくる感情との折り合いがつけられずにいるがゆえに感情というものをよけいなものとして極力排除しようとしてるんですけど、父方の母星を目前で滅ぼされた怒りのあまりに「論理的な行動だ」と言いながら自分の意見に逆らってくる邪魔なカークを宇宙空間に放り出してしまったりと暴君じみたふるまいをしはじめるわけです。放り出されたカークはある人物と出会って一命をとりとめた上、スポックをやりこめる方法を教わって再度ぶつかるもので、ぜんたい「自分とはまるで違う人でも切り捨てずに向き合っていくことの大事さ」という骨太な道徳観が話の根幹にしっかり据えられてるがゆえに安心してたのしめるふうな作品でした。昨今のクズポンニ大作をつくる監督や広告屋にはこういうおとなとしてあるべき「まともな見識」が絶対的に欠けてるんじゃないかと思う。その基本が欠けてるがゆえにひねりだす「スリリングさ」の基準も腰砕けの幼稚なものしか思いつかないんだろう。
なにしろアメリカのおんながスタートレックやおい(←どいつもこいつも絵がヘタクソすぎる)にハマるわけがよくわかりました。スケコマシの型破りと冷静な優等生は標的にしてくれといわんばかりのアレだしな。尾崎南の漫画かなんかで女にモテモテ(死語)のイケメンが本命の男の前では鼻血だしたりして奥手になってしまうとかあったなあ。

昨日は仕事ということで前の日から腐ってましたが、目的地までの電車内では戸塚の手前あたりの住宅が鈴なりになった丘をみてあそこブラジルの貧民窟みたいですね!とか思ったまま口走ったらだめよ貧民窟とかいっちゃ!あの人たちはあれが最高にいいと思って住んでるんだから!とかたしなめられたり(戸塚で降りた人があきらかにムッとした表情だった)、ゴキブリには殺虫剤より水を含ませたぞうきんをかぶせておくほうがきくとかいう話をダラ出ししててきとうに過ごしました。そういえば短大のころけっこうな美人な人にルー大柴に似てるね!て言ったら以来クチきいてもらえなかったことがあって言っちゃいけなかったのかーと思ったっけなあ。目鼻立ちがでかくてマジで似てたから言っただけでべつに貶める意味で言ったわけじゃなかったんだけどな(むしろほめてたんですけど。ルー大柴って日本人にしては器量いいし)。みんな真実が嫌いなんだなあ。小学生のころ「かにに似てる」っていわれてもカニに?!…かもしれない…!と思っただけだったけど。きれいなものなら似てても怒らないんですかね。せっけんとか。