肌香。匂いが溶けてゆく。流れる匂い。

  

「来てくれる女は背中に灸のある人とか妊婦でした。主人が働かないので生活に苦しみ内密に小遣いをといふ人を私も安く来てもらって描かして貰った」

甲斐庄楠音の全貌(東京ステーションギャラリー)見てきまして、前半は絵で後半は映画関係の着物なんかが展示してあった。前半の絵は遊女とか太夫を描いたものが中心で、2〜3点の展示後にいきなり有名な横櫛がでてきてびっくりした。ホラー小説の表紙にもなってるやつで、パッと見だけでもアヤカシ感が強いのに、現物みると更に人外なカンジがして怖かった。横櫛2点の間に説明があって、この微笑みはモナリザの影響があるふうな説明が描かれてたんですけど、京都テイストでモナリザを濾過するとこんな化け物じみた笑みになってしまうものなのか。化粧のせいではあるんでしょうけど肌が真っ白すぎるし、そのやけに白い肌と真っ黒な黒髪の境界が溶けかかったようなぼんやりとぼかされた描かれ方をされていて、なんてゆうかはっきり見えてるはずなのにどうも薄闇のなかにいるような風情なので、そんな中で微笑まれると何を考えてるのかわからなくて恐ろしいものに見えてしまう。大正5年版の横櫛の女性の着物は襟部分に天女みたいのが描かれてて、それはいいんですけど着物の下の方に麒麟みたいな化け物と炎が描かれていて、どういう心境であの図柄の着物を着て微笑んでいるのか?と考えるとなんか恐ろしいよ。大正7年版の横櫛も花(牡丹かな)が背後に描かれていて普通に考えると華やかなはずなのに、どうも夕闇を思わせるんだよな。大正6年の秋心て作品も白肌の女性の絵なんですが、背後に掛けられた孔雀の羽根模様をあしらった着物と女性の肌の境目がぼんやりと溶けている。ただ横櫛と秋心の女性は化粧部分は真っ白いものの、着物の裾から出ている手足の指先とか鎖骨あたりの肌はほのかに赤みがかっていて、ああこれってエロ漫画家さんがよくやる手法だなーとしみじみした。女の子の肘とか膝とかがうっすらピンク色に塗られてるアレですよ。楠音がやるとホラーエロ漫画家てカンジになる。首から上は血が通ってないカンジだけど、それ以外の部分にはちゃんと血が通ってるふう。エロ漫画家感といえば4の毛抜て絵は上半身裸の男の娘の妖艶さがほとばしっていて、背後にはケシの花が描かれてるんですけど、アレは中毒性があるよってゆう意味なんだろうか。8の白百合と女は白い長襦袢の女性が描かれてるんですが、でかい乳輪が透けています。楠音てふっくらした女性が好みだったんだろうか。それとも単にモデルさんがそうゆう体型のヒトだったてだけかな。9の女人像は女性が撫子かなんかの花を持ってるんですけど、萼が歪んだ針みたいで禍々しさを感じずにいられん。10の島原の女(京の女)は禍々しすぎて地獄の住人感が強い。11の幻覚(踊る女)は着物を翻して踊る笑みを浮かべた遊女の絵なんですけど、着物のはだけた部分が速水御舟の炎舞みたいな風情で、なんだか化かされそうだよ。しかしあの後ろの影は誰の影なんだろう。踊ってる遊女の手の形とは微妙に違ってるんだよな。12の舞ふもアヤカシ感が強いし。13の春宵は上記に掲載した画像ですけど、なんかもう化け物の宴感が強くてついマーダーライドショーとか極悪なピエロとかが浮かんでしまって出さずにいれなかった。遊女の化粧肌の白さとお歯黒と笑み皺をリアルに描くとこんな禍々しくなるのかよ。14の悪女菩薩は髪飾りが電飾ぽい。15の裸婦とかみるにつけ、やっぱり楠音てふっくらした女性が好みなのかな。しかし17の裸婦(上記「」内は説明文より抜粋)は乳輪でかいのに陰毛が全然ない。わざわざ剃ったか無いように描いたかのどちらか。18の母は楠音の母親なのかな。髪の毛や顔のたるみも優美な曲線で描かれてていいですな。各質感の丸みを帯びた美しさを特化して描いてるから顔を美化せずともちゃんと綺麗です。20の娘子は企み事を思わせる目つきに着物の青ラメが映えていいですな。24の「女の顔」もですけど、表情がドラマチック。昼メロのキャラみたい。28の春は着物で横たわる女性が描かれてて、脇にガラスコップが置いてあるんですが、これ18の母にもガラスコップが描かれてるんですけど、なんでしょうね?あのガラスの質感と着物の女性が異常に合う。光り物と着物て相性がいいんだろうか。S-003からS-023-I〜16まではおもにスケッチが展示されてるんですが、モノクロの絵になると楠音の描く女性の怖い表情がむきだしになる。S-015の藤椅子に凭れる女(下図)もいかにもいじわるそうな笑顔を浮かべてるし。この女性も肉感的でムチムチしてるな。S-029のスケッチ(黒猫と女)は夢二の黒猫に感化されて描いた?のかな。着物が豹柄ぽくて夢二の女よか肉食系な雰囲気。それと展示に楠音がせっせと集めた切り抜きを集めたスクラップブックが展示してあって、楠音の脳内を覗き見るみたいで面白かった。男女問わず顔や裸や能面なんかの切り抜きが貼ってあった。胸毛全開のショーンコネリーとかもあったし、三島由紀夫と美輪さんの若い頃の写真の切り抜きなんかもあった。次は楠音が作った映画の着物が展示してあるんですけど、展示内に「戦時中、この非常時に退屈とは何事だ、と禁止され、戦後もしばらくはチャンバラ映画が制限されたため、右太衛門は舞台で退屈男を演じ、甲斐荘が衣装や舞台装置を担当する。」て説明があって、船の上で戦うからってトビウオをあしらった着物とか、黒地に金糸銀糸で縫われた菖蒲があしらってあったりとか、とにかくド派手。映画だからいいんでしょうけど、あんなの着て歩いてたら目立つことこの上ないな。その後には大正4年頃に描かれた畜生塚の大作があって、十数人描かれてるんですけど、2人だけ顔を白く、髪を黒く塗られてて、あの調子で全部塗ってたらもっと迫力ある作品になったろうになあと残念に思った。S-058の畜生塚(小下絵)は女のヒトたちが狭い画面の中で悲しんだり苦しんだりしてる絵なんですけど、小説の表紙とかに良さげ。何しろ楠音の絵は白肌の質感と光のない黒目に見据えられるゾクゾク感に満ち満ちておりましたよ。