ジョンキューザックのポカン口って田中邦衛が口あけたとこに似てね?

命の認識(日曜。東京大学総合研究博物館[ここもどうぞ])→デュシャンカーライ(板橋区立美術館)→マッハ!弐(シネマスクエアとうきゅう)→2012(月曜。丸の内ルーブル)→(500)日のサマー(しね)で、東大博物館のはとり剥製400体以来の剥製無料公開ー!とばかりにいってみたものの、展示数は圧倒的にショボいわ骨中心だわで肩すかし感。湯島らへんにおもな用がある際についでにみるといいかな程度のアレです。みどころは奥の部屋にある子象まるごと1匹ホルマリン漬けとクジラとキリンの骨あたり。クジラとキリンの骨が展示してあるところはガラスもなにもなくただ大小のいろんな動物の骨が台にズラーッと並べてあるだけで、いくら監視カメラがあるとはいえ無防備すぎな展示体勢すぎます。そしてとり剥製展と同様に展示の骨になにひとつ説明がついていない(観覧用説明紙があるものの、端々がよくわからない)ところから例の美を重視する先生がふたたび手がけたもよう。みにきてる人もおいら以外には展示を手がけたと思しき方(展示物の具体的な説明をずっとしてたのでたぶんそうだと思う)とそのご家族とか、展示を手伝ったと思しき学生の2人連れとか、あとはホルマリン子象を熱心にスケッチする女性だけしかいませんでした。前者のご家族のちいさいお子さんが入り口付近にある展示をみて「ふるいほねばっかでつまんなーい」と言ったあとに奥の部屋のホルマリン子象みて「すごーい!すごーい!」て正直すぎる感想を述べていて共感した。ホルマリン子象は芸術作品でもなんでもないけど、ふつうにダミアンハースト以上の見世物感です。透明に濁ったまなざしとか。なんか内臓がはみ出てたりするし。古代人骨は専門家の人以外にはたのしみがわからん系ですけど、とりあえず歯とかやっぱ黄ばんじゃうんだなーと思いました。そうそう、クジラとキリンの骨のまわりにちいさい動物の骨がズラーッと並んでるんですけど、おなじ種類の動物の骨をいくつも並べてみてみると、ひとつは歯がいくつかなくなってたり、べつのはちゃんと全部きれいにガッチリ揃ってのこってたりと肉体上の個性がみてとれてふーんと思います。基本的に学者さんがやってる展だから娯楽度としてはここらへんが限界なんだな。とり剥製400体が東大博物館的には最高度の展示体勢だったらしい。まあ無料っていう方便もあるだけに、今後も甘くみていってあげますよ。
デュシャンカーライはおもにおとぎばなしの挿絵を手がけるチェコの画家の方で、ひとつの画面にいろんな要素を濃縮して描くような、ともすれば息苦しくなりがちな構図が中心にも関わらず、水彩のような透明感のある塗り方(油彩やガッシュなのに)なので宝石箱のようなきれいな異世界感をかもしだしている画風です。透明感かもしだし彩色をしてる絵はいいんですけど、黒1色の版画になると色の下に隠されているどす黒いモノ(弐瓶勉米倉斉加年のタッチでもって強迫的に繊細にしたふうな膨大な描線)がむきだしになって落差がひどすぎる。展示みてたちいさい子たちは彩色画みただけでこわがってたんで、なんとなくあの彩色の下の正体を感じてるのかなあと思った。正体むきだしの黒版画みたあとに彩色画をじーっとみると、なんかいろんな色をかなりこまかく重ねてるのがみてとれてうわーとなる。でも宝石箱ふうのきれいさを保ってる。このんで描いてるものがなにごとが起こったのかと同じ方向からのぞきにきている数人の人々と、それにみっしりとまとまった家々とか門のような半円の石の輪のようなもので、濃密な質量の構図だけみればあきらかに異様な雰囲気なのに、透明感のある色使いが宝石箱みたいに感じさせてるふうな対照的な手触りのものがひとつの画面のなかに同時にある傾向です。おとなはあの宝石箱のようなきれいさに惑わされて孕んでる狂気がわからなくなってしまうものなのかな。子供はこわがってた。
2012はてっきり地球が破裂でもして宇宙空間に逃げ出すものかとばかり思ってましたが、単に大洪水の映画なんすね。多少拍子抜けしたもののていねいな崩壊描写等でたのしめました。インデペンデンスデーがすきな人ならツボるたぐい。よかった見逃さなくて。特にはじめのほうのリムジンで崩壊する街中を走り抜けるとこがスリルたっぷし克つ笑えた。迫ってくる地割れから逃げるように走り出す→周囲が崩壊しはじめる→うんこかぶる→巨大ドーナツ→崩壊高速くぐり抜け→倒壊高層ビル突っ切りとか難関のたたみかけるテンポが早すぎ克つバラエティ多すぎでもうユニバーサルスタジオは2012ライドをつくっちゃえよ!と思わずにいれませんでした。その後も崩壊する立体駐車場からぼろぼろ落ちてくる車だのぐにゃりと崩れる高速道だの、大地の裂け目に景気良く飲み込まれてく人や車や地上のもろもろ(端々までこまかい崩壊描写)のほか、セスナ編やアントノフ編等々に突入してギリギリのとこを通り抜ける展開が畳み掛けてきますが、最終的に地殻変動しすぎで南極がサンフランシスコらへんにきちゃったとかいう力技すぎる設定がなんかほのぼのした。エベレストまで津波がザブーンてくるとこもなかなかです。パンフもいろんな方面の方たちがアレコレ書いててなにげに充実してますし。なんだかんだいって地球こわすのすきなんだなみんな。
(500)日のサマーはデートに最適の映画です。オチみてザマァみさらせ隣のカッポー!!とか小躍りしました。カタルシスさておき内容的には女子の恋愛に対する姿勢と男子の恋愛に対する姿勢の相違についての作品というか。いい見方なら自分のいうことに惑わされない強い愛情を主人公がぶつけてくれるひとなのかどうかを見極めるために「恋人はつくらない」とかタレごと言ってたんだろうし、わるい見方なら主人公のことを最初から短期間の遊び相手としか見なしてなかったために「恋人っていう関係が嫌だ」とか防衛線を張ってたっていうことになるし、いずれにしても男の気持ちをあまりに考えなさすぎる奔放な性格の人で主人公さん御愁傷様としか。別れたとはいえ肉体関係のあった人を婚約パーティに呼ぶなよ。あまつさえ結婚後に別れた奴との思い出の場所に行くなよ。おんなのほうからガッツリいっといてあとで「私たち友達だよね」って身勝手の王道です。おんなの自分からしても今作のデシャネルちゃんはふしぎちゃん通り越していやなおんなだよ。今後も変わらずおたく男子の女神路線なんでしょうけどさ。今作でもちんこー!ちんこー!て絶叫する癖とかあるし。ぜんたい人の気持ちを考えろとか強要するわりに一番人の気持ちを考えてないのって女のほうだよねーという真実をまざまざと描き出している作品です。2012と同じかそれ以上のスリリングさ。
マッハ!弐は壱のほうをみてないけどなんとなくみた。主演のジャーさんのひとり軍隊っぷりもイカしてますけど、映像のほうも凶悪風演出がかなりかっちょよかった。冒頭らへんの幼少時の主人公が奴隷商人に捕まってワニ池に放り込まれるとことか。とはいいつつもやはりジャーさんの成人後の戦いっぷりがみどころで、そもそもスジとしては一国の王であった両親を殺されたうえ国を追われた王子があらゆる格闘技を習得した山賊に拾われて鍛錬を重ねたすえにひとり軍隊のような無敵の強さを身につけて仇討ちにゆく、というシンプルな話なんですが、話がどうというよりもジャーさんの気道潰し殺法(人差し指と親指でのど仏をつまむように掴んだ上で上下にグリッとする)がおそろしいスピードでくりひろげられてあぜんとします。あと各国のいろんな武術の型をマスターしきってて、戦ってる最中それらがさまざまに混ぜ合わされてくりだされてるふうな様子でなんかすごかった。突然レスリングの技みたいので腕キメたり。いろいろあって仇討ちにいくんですけど、結末を欧米風のわかりやすい大団円にはせず、ちゃんとタイという国ならではの持ち味を大事にしてるふうなところが好感触でした。チョコレートファイターもでしたけど、タイの映画のごった煮風だけど容赦はぜったいしない、みたいな厳しさ基本な姿勢がいいなあ。こういうタイとか韓国とかの映画とくらべると現ポンニの大作バカ映画つくる人には厳しさが圧倒的に欠けてるのでしょうね。