少々おまちください

文学フリマ(5月23日。京急蒲田)→レギオン(バルト9)→運命のボタン(新宿武蔵野館)→処刑人II(武蔵野館)→ザ・エッグ(26日。シネパトス)→さらば、わが友 実録大物死刑囚+恐怖のカービン銃(6月2日。シネマベーラ渋谷)→爆音 暴走パニック大激突+爆裂都市BURST CITY+スローターハウス5+イングロリアスバスターズ(4日。吉祥寺バウスシアター)→大哺乳類展(11日。上野)→ロトチェンコ+ステパーノワ(13日。庭園美術館)→マイブラザー(恵比寿ガーデンシネマ)→プレシャス(シネマライズ)とみまして、レギオンはテレ東レギュラー放映決定としか思えないほどの傑作。大天使ミカエルがバズーカぶっぱなすとかお前よくわかっとるやんけ!て監督さんの肩をバンバン叩きたくなるような、スティーブンキング映画的な最高さがギュッと詰まった例のアレです。スティーブンキング的っていうかまあ厳密にはフィーストの設定(ポツーンとした田舎の飲み屋でいろんな事情の客が寄り集まってギャーギャーやる)を下敷きにしてウエイトレスのおねえさんが堕ろそうと思ってるおなかの子が救世主なんだ!その子を神の僕どもが殺そうと集まってくるんです!とかポールベタニー(天使ミカエル)が武器満載でやってきてウエイトレスのおねえさんの勤め先の飲み屋で篭城作戦がはじまるっつー。こまかいスジは忘れましたけど、なんかとりあえず神が人間に飽き飽きして滅ぼそうとしてて、本来的にウエイトレスのおねえさんのお腹の子はとっくに堕ろされてしまってるはずだったらしいんですが、おねえさんが血迷って堕ろさないでいたことから救世主が生まれる展開になってしまって、生まれちゃうと人間界を滅ぼせなくなっちゃうとかで神の僕である大天使ガブリエルとかがウエイトレスのおねえさんのお腹の子をどうにか亡き者にしようと押し寄せてくるという。ミカエルはなんでウエイトレスのおねえさんを守ってるのかというと神の意に反して人間側についたからで、地上に降臨した際に自ら天使の翼を切り落として、天使としての能力とかを使えないようにしたことから地上の武器を駆使して戦わざるをえないわけです。趣味で天使悪魔映画いろいろみましたけど、レギオンは設定的にも演出的にもけっこうしっかりしててみごたえがありますよ。後半で神の命令に従って人間を滅ぼすべく地上にきたガブリエルとミカエルがサシで戦うシーンがあるんですが、つーかガブリエルってよく受胎告知で描かれる女性的ないでたちの天使でしょ?レギオンのガブリエルってムキムキのむさいおっさんなんですが、ああいう風体の方が突然押し掛けて来て「ちょっと奥さん、あなたのお腹の子は神です」とか言うのって絵的にどうなんですか?てレギオンでおやじガブリエルが映るたんびにその疑問がよりぎまくって困った。しかもなんか鋼鉄の鎧着てイガイガの棍棒を振り回すという野蛮むきだしな戦闘スタイルで清廉さのカケラもない。対するミカエルは天使としての能力をほぼ失ってて人間と同等のちからしかないので圧倒的に不利なわけです。人間たちもいろいろがんばるわけですが、その人間も突然天使側に取り憑かれて獣のような風情で襲いかかってきたりする。おばあさんとか小さい女の子がキシャーッてなるところもけっこうドキドキです。天使の件にもどしますが、ラストでミカエルは天使としての能力を取り戻すんですけど、ガブリエルはミカエルにかなわない、というあたりは天使悪魔映画マニア的には納得いく設定でした。心技体を兼ね備えた天使長としてすごく正しい描き方。盲目的に命令をきくだけの人には絶対なれないポジションというオチ。ただ悪魔もでてきたら面白かったろうにな。まあ収拾つかなくなっちゃうか。つーかさ、地上から人間滅ぼしたいんならチマチマ殺してまわるなんて面倒なことやらずにもっと効率的な方法があると思うんだが>レギオン神。いいか。

運命のボタンはある日早押しクイズのボタンのようなブツを押し付けてきた挙げ句「コレ明日また取りに来るけど、それまでに押せば1億あげますよ。ただどっかで誰か死にますけど」とか勝手なドキドキゲームを発表してくる欠損オヤジに翻弄されるご家庭の話で、そのご家庭がタイミングよくカネにこまってる真っ最中なもんでとりあえず押しちゃいましょうよ!とか現実的な奥さんがペポーンて即押しするとじわじわと日常生活に異変が起きていき…みたいなスジ。殺すだのなんだのっていうけどよお、そんなに殺しがしたいんならまずてめえの家族ブッ殺してみろやアァン?できんのかコラ?ていう意味では湊かなえさんの告白と似通った題材の物語です。殺す殺すゆってもそれはあくまで自分とは何ら関係のない人間限定で、家族や友人はその範疇に入っていない=自分の欲望のためなら見知らぬ人間などどうなってもいいと思ってる残酷な本性を一般的なご家庭からあぶりだす的なアレ。早押しボタン押しちゃったご家庭では以来いろいろヘンなことが起きるもんで、早押しボタンもってきた欠損オヤジの身元を調べあげてくうちに欠損オヤジが実は地球外のナニかに操られているのでは?みたいな展開に突入してくっつう。早押しボタン押すと家族のだれかの身に不幸がふりかかったり、どこかのご家庭で似たような展開に突入してたりと因果応報的な出来事が連続発生してって、これを仕掛けた存在としては「ひとりでも押さずに済めばいい」みたいに思ってるらしいんですけど、つーか対象にした家族の身内に不幸があるかもしれない件はあらかじめ言うべきなんじゃねーのかな。そこらへんの大事なポイントを知らせずに人間に備わった動物的生存本能を刺激するようなことばっかもちかけてきて、思惑から外れたら死をもって償うしかなくなるってのもどうなのかな。しかも早押しボタンを持ちかけられた側の人間が自分の意志ですべて選択してるようにみえてしまって自業自得感をもってしまうあたりがなんか巧妙で、でもこれって異常な監視下にさらされている時点で実験動物と変わらないんだよな。実験動物が刺激与えられてどちらかの反応をすることに善も悪もねーっつうか。「他人の命を軽んじると切った張った界の住人になっちゃうわよ」て主張の大スジはわかるんですけど、大事なのはそれに至る気づきであって、それを通り越して実際に死を強要する時点で人間の考える「神」とはぜんぜんちがう暴力的な存在だと思う。他者の死を軽んじてたヒトたちから「私たちが間違ってましたごめんなさい。お金なんかいりません」を引き出すのが大事なんであって、さらにそれ以上のものを求めるっていうのがなあ。欠損オヤジの手下的なヒトたちも意志を奪われて操り人形と化してますけど、個人の意志を奪う時点で神でない存在であることが確定してるし。自分が試してる人間と同じ暴力を行使してるってこの欠損オヤジ宇宙人は気づかないんだろうか。あんたの操ってるヒトたちもそれぞれ苦難を乗り越えて成長するために地上に生を受けてるんですよー。そんで早押しボタンを押してしまったキャメロンディアスがラストでまた欠損オヤジから息子の生死を賭けて2項選択を迫られるんですけど、それが「息子が一生全盲聾唖になる」か「キャメロンディアスが自殺する」かでディアスは自殺するほうを選んで死ぬんですが、自殺は地球の神様的にはよくないことなんでまあハズレってことなんだろうなあ。息子さんに課された苦難を一生背負うほうを選択してたら死の連鎖も止まったんだろうけど、自分他者問わず「死を償いにする」ことが間違ってるという意味だったのかなーとちびっと思う。それにしても欠損オヤジ宇宙人が「一生克服することのできない障害」を人類に与えるっつーのはつまり人間が努力して生きる意味をなくす・苦難を乗り越えられなくする=地上で生きる意義を奪うってことで、欠損オヤジ宇宙人としては人類を導いてやる神きどりなんだろうけど、やってることは悪魔そのものですね。まあヒトの一生を簡単に操ったりなんだりするヒトのゆうことはまともに取り合っちゃいかん、ということですな。つーわけで管理社会的なモノがそうは思わせないように納得させつつ巧妙に繰ってるカンジがちょっと気色悪い感触の作品です。ああいう欠損オヤジ宇宙人みたいのを盲目的に善とか正義と思い込んじゃうような、真剣に考えるのマンドクサい病の取り憑いてる人がカルトにいれこみがちになっちまうんだろうな。

処刑人2はなあ…神の代理人を名乗るテロリストというか自警団モノですけど、そのわりにたやすく人命を奪うことから派生する心理的な葛藤描写(万能感から快楽を感じてそれに怯える、とか)がほぼゼロで、そのうえ今作では主人公たちに仲間入りしようとちゃらけた態度のキャラが加わって軽々しい雰囲気が5割増してて、みてるコッチが不安になってくるほどのテキトーで安っちい世界観がだらだら展開する。「人命を奪う」自体がクソ重たい要素なはずなのに、それを重くしようとみせかけるための設定(主役キャラじゃない人の過去。殺しに取り憑かれた若かりし日の姿だけは今作中で唯一リアリティがあった)が完全に空回りしてんですよね。鑑賞者のカタルシスを煽るレベルの力技で押し進めてくコマンドー的なムチャクチャ勧善懲悪モノは大好物なんですけど、この処刑人シリーズについてはそういう要素とシリアス・おちゃらけの力点の配し方がそっちのけにされてて「おなじみのキャラ」の後援者がでてきて内輪でキャーキャーよろこんでるだけっていうかさ…。サービス精神が「カタルシス」とか「不謹慎」とか「シリアス劇」とかみたいなあらゆる客層へのものじゃなしに、あのキャラたちの裏話ってこうなんですよーえへへへーみたいな同好の士だけに向けたごますり的なベクトルのつくりかたなのがすごいきもちわるいカンジ。作り手が、殺しに手を染めまくってる主要キャラに落とし前つけさそうとせず甘やかし前提で話を進めてる感ふんぷん。この題材でトーさんにつくらしたら最高の映画ができるだろうになあ。たとえ社会的に悪人とされてるヒトのみが対象としても「殺して済ます」を信条にする連中は神を引き合いに出したらいかんと思うよ。殺しを実行してんのはてめえらの意志であって神じゃねえだろ。神の代理人を名乗るんだったら交渉のみで相手の考えを根底から変えるとかしないと。「存在自体をなかったことにする」を目的とする輩はどんな正論をもってようと単なる破壊者に過ぎないんですよね。そういう重たい十字架を背負ったキャラなのに、ベクトルが「シリアス」「不謹慎」「カタルシス」のどれにも向かわず「お仲間が寄り集まってぬくぬくする(その関係を保つ媒介が殺人)」というヌルい展開で宙ぶらりんにさすって最悪の道を選んでる。主人公ふたりが徹底的に狂者であることを諷刺的に描くとかいろいろできるだろうに。死をもたらすことから派生する難しい問題を片っ端からみないフリして、ラクちんなほうばかり選んでせっかくのいい素材を骨抜きにしてる。

マイブラザーは優等生的な人生を歩んできた兄と、問題行動ばかり起こして刑務所にぶちこまれたりしてる劣等生的な人生の弟がいて、日常的な構図としては奥さん子供もいて順風満帆な生活をおくってる優等生兄のところへやっかいものの弟がたまに面倒かけにきて「手間のかかる弟をみんなして世話してやる」的な風景がおなじみだったんですけど、優等生兄が軍の任務でアフガニスタンに派兵された直後に消息不明になって死んだことにされて、残された奥さん子供が失意に囚われているのをみかねてそれまで劣等生的キャラだった弟が俄然がんばりだして、みるみるうちに元来備わっていた頼れる男的な頭角をめきめきと表し、兄嫁家庭はおろか顔を合わせばいがみ合っていた父のハートまでガッチリつかんで劣等生的な人生をあっというまに挽回してってしまう。ハッピーエンド確定的な展開がくりひろげられていたある日、突然しんだはずの優等生兄がアフガンから帰ってくる。みんなして歓迎するも目はギラギラして口数は少ないわ、子供のいうシャレにまともにくってかかったりさむいギャグを口走ったりとあきらかに派兵前の温かい人格と真逆の神経質な人になってしまっていて、自分をとりまく冷たい雰囲気と嫁・弟間の親密な雰囲気を嗅ぎ取って鬱屈が暴発してしまう。このお兄さんはアフガンで肉体への暴力を伴う精神的な拷問を再三受けていて、生き残りたければもうひとりの生き残った兵を殺せといわれた上「お前が生きて帰らないとアメリカに残った家族が悲惨な目にあうぞ」みたいに、自死に向かわせずあくまで同士討ちを仕向ける方向に追いつめられていった挙げ句血塗られた道を歩むことになってしまった。このお兄さんは優等生的な人生をまっすぐあゆんできただけに、そこからだいぶ逸れてしまった際にもまっすぐ狂気の道をあゆんでしまい、歯止めがきかなくなってしまうわけです。正道以外を歩いた免疫がぜんぜんないから脇道との折り合いのつけかたがわからないっていうか。そうして仲間を殺して鬼畜になってまで帰ってきたというのに、嫁と弟がイイ関係になってて自分の血をひく娘にまで嫌われるという拷問よりもつらい「血縁者全員からやっかいもの扱い」という行き場のない孤独を味わわされて爆発しないわけがない。それまでの優等生兄と劣等生弟の関係が逆転してしまう。優等生兄といっても父親の言うがままの人生を歩いてた「体のいい操り人形」だっただけで、本質的には優等生ではないのかもしれない。自分の命令をなんでもきく長男が可愛く思えるのはお父さん的には当たり前のことで、そのお父さんの命令にことごとく逆らって居所すらなく宙ぶらりんの人生を余儀なくされてしまっていた次男のほうが、実際には骨のある男なのかもしれない、というあたり父と息子たち兄弟間の成長に関する葛藤の物語でもあります。優等生兄がアフガンで拷問にあって「仲間を殺さなければお前を殺す」て突きつけられた際、仲間を手に掛けずにアフガンの人に殺されてたらすべて円満にいってしまったろうな。お兄さんも罪悪感に駆られる事なく、嫁の家庭も弟が引き継いで幸せになっていただろうと思う。でも、お兄さんはアメリカに残された家族を思って殺人者になって生きて帰ることを選択した。自分も周囲も傷つけてしまいかねないほどの傷を心に負ったまま。心や体をどんなに病んでしまおうとも辛抱強くいっしょにいてくれるのが家族というものだと思う。病んで手が負えないからと放り出してしまう人には家庭を築く資格がない(※)。どんなに病んでもいっしょにいるからこそ家族なんだよ。前に付き合ってた人にこれ言ってもぜんぜん理解されなくて「こいつだめだ」って思った。いろいろだめだと思ったなかでも突出してだめな原因の1位だった。心病んだくらいでいちいち別れてたら家族以前に夫婦なんかできっこありません。あんたが心病んだら奥さんはソッコー別れていいってことだぜそれって。家族ってそんなヤワなもんじゃねえだろ。他者を受け入れる覚悟がないくせにてめえだけは他人に甘えすぎでヘドがでた。ガキかよ。

(※治療のために誰かの手を借りることは放り出すことではありません。「自分ひとりが全てやらなければならない」と強迫的になりすぎて自らの心身を蝕むまでこだわりを優先するほうが無責任です)



ほかの作品については順次かいていきます。