浸食され新たな秩序を与えられる世界の件

男性の足のようなもの。子供の足のようなもの。シルエットになっただけならまだわかる。真横に倒れた形で並んだ、足とおぼしき部分は真っ黒く塗りつぶされ、その先に本来ならあるべきもの—胴体や足先といったものが見当たらず、胴体があるべき場所には四角い箱と砂利のようなものがあり、また足先があるべき場所は、うなだれたような形のなにかに隠されてみえなくなっている。もしくは隠されているのではなく、突き刺さっているのかもしれないし、そこから生えているのかもしれない。足とおぼしきものも、うなだれだものも、同じ色に塗りつぶされているので、正確にはそれがどうなっているのか、個々が離れているのか同じ体なのかすら判別がつかない。胴体部分が箱と砂利のようなものに隠されてみえなくなっている箇所からは、黒いなにか—影かもしくは煙かがじわじわと沸き起こっている。子供の足のようなものは、逆さから突き出ており—足の裏が天を向いている—タイツのようなものと、白い靴下と、黒い靴のようなものを履いていて、まったく穏やかな風情のままきちんと並んでいる。しかし足から上に続くべき胴体は黒い薮のようなものにすっぽりと覆われて—もしくは隠されて、なにもみえない。それが薮かどうかすら判別がつかない。ただの落書きかもしれない。穏やかなまま薮に突き刺さる足の脇には、先端から小さな手がちょこんとでている奇妙にふくらんだ袖が横たわる。描かれているものすべてについて固有名称を断定することができない。断定するには元の形のものが持っている姿のうちのごく一部しかなく、しかもその1部分のまわりにはあまりにも元来の姿たらしめている形とは無縁の混沌が渦巻きすぎているからだ。毛細血管のように縦横に触手をのばす奇妙にふるえる黒線。暴風が吹き荒れているかのような黒い線描のなかに舞うかのような白抜き。わたしたちが当たり前のように目にしている物は、その形をほんのすこしずらしただけでもたちまち不快で不可解なモノとなってしまう。IQ84以下で描かれているものの中にはだれもが日常生活のなかで目にしたことがある、記憶のどこかにたしかに刻み付けられているモノの形がたくさんでてくる。にもかかわらず、IQ84以下のなかには日常では目にしないような混沌が渦巻いている。人の顔のようなモノが描かれているとしても、その顔の周囲には高層ビルの外壁を歪めたような模様が取り巻いている。異様な形状が並べてあるだけならただの落書きと割り切ることができるだろう。けれどIQ84以下で描かれるものにはたびたびなじみ深い形―人間の手足や顔や建造物が含まれており、その見覚えのある記憶に触れられることで心の内奥に渦巻く決して整えることのできない風景を予感させられる。しかし描き手の中原昌也にとっては決して制御できない混沌ではなく、その証拠にひとつひとつの絵が与えられた空間のあるべき場所にきちんとおさまっている。混沌はあらゆる空間を浸食し、本来的には限定的空間ではとらえることができない。だが中原は見慣れた世界の記号をあちこちに使いながら、限られた空間内に混沌を蔓延らせる。中原世界の混沌には定まった位置があり、それを配し終えたときにひとつの完成された世界ができあがる。部分では不可解な混沌が渦巻いているにも関わらず、全体を見通すと、すべての色と形がふしぎに調和を成している。混沌を使って調和をつくりだす。
以前音楽のほう(どうぞ)も聞きましたが、やっぱり既存の音を使って混沌をつくりだす的なスタイルでした。模様という混沌に浸食された意味の世界。なにより作品中に付された小説が脱力超現実な物語で最高だ。中原さん本領発揮。絵が付随できるなら「書きたくない」は出ないんですね。よかった。この調子でどんどんたのむ。

あと地元の過疎とかみたのでちょい書き。ポンニ人と台湾の方の合同展でしたが、台湾のヒトたちのサービス精神満点でたのしくてわかりやすい作品よいですな!見習いたまえ!!>客と対話する気ゼロの意味不明模様描く自閉ポンニ人アーチスト!! 特にJuan-Yung Hanさん(漢字出ない)の体にじか描きしたラクガキで展開をつむぐ映像がくだらなさ満点でスキ。音響もラクガキ体のヒトのリアル声オンリーだし。あと陳敬元さんの束芋風ちょいグロ諷刺アニメ(象徴的に出てくる山ってなんなの?)の山と破壊と国家権力題材みたいなのもおもしろいですし、しょっぱなに展示されてる海岸線の砂の穴の中からカブトムシの幼虫ちっくなナニかが出てきて走り去っていく映像は1時間くらいみたいよ。あの思わせぶりとキモい物体が主役ってのが気に入った。わからないクリーチャーがキーキー鳴くのすきなんですよ。ぜんたい台湾の方の作品は映像が多いですな。ポンニ人のほうもまあがんばってつくってはいるのはわかるんですけどエンターテインメントがあんましなくてな。小宮太郎さんのマジックミラーはすごくきれいだったので、あれを美術館の内側全部に張り巡らせて、反対側歩いてる人がこっちからみると逆向きにみえる、みたいな仕掛けとかあったら賞賛します。ぜんたい「都市に対するヒトの感覚」風味の展でした。TWS本郷はまれにちらほら当たりがあるユルさがいいよな。TWS渋谷ほどあか抜けないとこがスキ。近所じゃなかったらこないけど。