人生での経験を「良いもの」と「悪いもの」に決めつけた思想を全力で押しつけてんだよね

生きる上での絶望や残酷さを描くことこそが人間讃歌である件よみながら思いましたけど、絶望は人生の本質なのに、民放テレビは「視聴者がショックを受けたり不快な思いをするから」などと言ってその本質をみせようとしない。情報を得るに際してテレビ番組が主な人ほど「絶望や残酷さ」といった負の部分は「正当な人生ではない」と思い込んでいる向きがかなり多いのではないか。そういう思いを抱いていると、負の部分に直面したときに疎外されたような考えを持ってしまいがちなのでは。言葉狩り隠蔽行為でしかないように偏った番組づくりは視聴者の目を曇らせてしまうよ。事態をよくするどころか悪い所から目を背けさせるので結果的に悪化させてしまう。現状で自国内でひどいことがあっても細々と伝えて(震災発生当日から民放は巧妙に死体をまったく映さない体制を通してましたけど、死体も映すべきだったと思う。累々たる死体を映したほうが寄付金はより跳ね上がったはずだから。映像での商売とはそういうものだろう)済ました上目立つ者を悪役として片付ける報道を大々的に繰り広げつつ同時進行で「明るい部分」がかなりの比率を占めてるという放映状態。戦前〜戦中の「日本軍は素晴らしく優秀で勝利しつづけています」的なプロパガンダ報道に逆戻りしてんじゃん。いまのテレビの人って旧陸軍の亡霊に操られてんの?「ひどい場面はなるべくみないことが善」なんていう根拠のない印象論理にいつまでしがみついてんの?それは実際には臭くないおっさんをイメージだけで臭いとか思い込んでるのと同じ。実際に嗅いでみろ。真実をぶちまけてみろ。放映に信念をもってみろ。信念をもって行動するなら難癖を突っぱねるなど朝飯前のはず。行動を裏付ける信念がないから抗議されるたびにいちいちブレたりぐらついたりしてんじゃねえのか。1970〜90年代の民放番組はすばらしかったよ。人間の負の部分と正の部分が等しく扱われてた。景気が良かったからテレビでなにやってようと市民はさして気にしなかったってこともあるだろうけど、あのときのテレビこそが健全そのものだった。人間のバカなところとステキなところが分け隔てなく流されていて、望めばだれもがみることができた。人間の負の部分と正の部分が等しく扱われてたってもえげつない性や暴力描写のある映画とかのが多かった傾向でしたけど、どっちかいうとひどい描写は多いにこしたことはないと思う。学びなので。感動とかの正の部分は絶望や残酷さをくぐりぬけたときに得られるご褒美のようなもんなので、毎日のようにその部分だけタレ流してても意味ない気がする。むしろ「ご褒美が得られないと駄目な人生」とか思いがちになっちゃって精神衛生的にはよくないと思うよ。ひどいことをいつも目にしてればココロの耐性はつくし、そういうことに直面した際にどうすればいいのか日頃から考えてるから対処がスムーズになる。人間は素晴らしい!感動!愛!善!正義!可愛いー!みたいなことばっかし見せられてたら絶望に襲われたときにどうすればいいかわからなくて、短絡的に死や殺しにしか考えが及ばなくなってしまうかもしらん。あ…もしかして自殺が異常に多いのってそれに端を発してるのかね。絶望や残酷さはこの世で生きる上であたりまえなんだよ。テレビは精神耐性をなくするような骨抜き洗脳放映体制をいいかげんやめれ。そのお花畑推進のままでいるとショックな事実を伝えたヒトを市民がよってたかって嬲り殺しにしかねなくなると思うよ。「隠蔽が正しい」て考えが腐ってるかどうかも気づけないのかよ。へんな難癖つけてくる人は社会のためなんてビタ1文考えてない場合が多いのでてきとうに受け流すが吉。その「(いかれた人間の)てきとうな受け流し」がサラリとできるのもプロってもんだろ。
凄惨な画ヅラ映像について「残酷映像はみたい人だけがみればいい」とか「年齢制限しろ」とか考えるかもしらんけど、前者についてはそういうのをみてる人にしか耐性がつかないってことですよ。あと過去何度も書いてきましたけど、創作物鑑賞に際して年齢規制するとそれに反した者は悪人とかいう不毛な事態が起きてしまうよ。年齢制限て要するに「年齢差別」だよね。親や家族が日頃から子供と対話したり躾したりできてれば本来的にそんな差別的な決め事は必要ないはず。親や家族はちゃんと親業やれ!ばかげた決め事がまかり通っちまってるぞ!政治屋は時代遅れな市民不信の決め事をふりかざしてんじゃないよ。
ところでデカい事故や災害なんかがおきるたんびにカルトがアレもコレも予言してた!ていうかカルトがぜんぶ仕組んでた!(←この団体だけじゃなく恐怖煽りする輩は「だから俺達に従え」論理がセットでついてくるよね)みたいの出てくるけど、霊が地上に生まれるのは苦難を乗り越えて魂を成長さすことが目的なのでむしろ地上での困難は多いほうが魂にとっては成長のタネになるんですよね。イルミナチーは人類の魂を成長さそうと愛の鞭をくれてるんですね。なにしろ恐怖煽りするカルトみかけるたんびに霊の構造とかまったくわかってないんだなーとしみじみします。むしろそんなことばっかやってるカルト連中の霊はいつまでたっても格が低いままだけど、いいのかなあと思う。そんな中でまんまと踊らされてる議員とかいると思うと暗澹たる気持ちになります。