ゲフィンレコードていろいろ拾ったんですね

『松本:(中略)初期ビートルズはジョンのバンドなんです。なんでかって言うと、ジョンだけ歌声とか、立ち居振る舞いとか、ギターの弾き方とかが、確実に完成系として世に出てきてる。多分そこに追いつくために、ポールもリンゴもジョージも頑張ったと思うんですよ。でも、ジョンは常に完成したものを壊さないと前に行けない。ジョンの人生は、それの繰り返しなんじゃないかと思うんです。だから家庭に一回入った時のジョンを見ると感動するし、だからこそ結末が辛いというか……。』(ジョンレノン, ニューヨークのパンフの松本さん談より抜粋)

ハウスメイド(11日。ミラノ座)→ツリーオブライフ→オテサーネク(K’s cinema)→インシディアス(ギロッポンヒルズ)→モールス(12日。シネマスクエアとうきゅう)→ジョンレノン, ニューヨーク(13日。写真美術館)とみまして、ジョンレノンの映画はビタ1文興味がないのでみる気もゼロだったんですけど、好きな人が触れてたんでみた。わりとイイ映画だったっつーか、印象派に対して漠然と感じていたのと似た誤解がとけてよかった。実像をよくしらないもんが情報機関に「天才」前提でもてはやされてるのを長い事見続けるとそれを手にとることに嫌気がさしてきてしまうんですよ。なんか…宣伝に踊らされるみたいでさ。多くのヒトはなんも考えずにもてはやしをうのみにして淫してくのかもしれんけど、おいらはどんどん遠ざかる。こっちはまだまともにむきあってすらいないのに天才天才てなんだよ?あんたらが感じたことをこっちに押し付けんなよ。つうかただ売りたいだけで言ってんだろって思えてバカバカしくなって興味が失せてしまう。ビートルズやジョンレノンについてもテレビで流れてる音楽がどれもファンじゃない人間の耳に即のこるほどなじみやすいメロディなのでまあ天才ではあるんだろうなあとは思ったけど、それ以上知ろうとはまったく思わなかった。映画の内容はどれもはじめて知ったことだらけだったんですけど、レノンがオノヨーコと結婚したときになんかオノさんがイギリスの情報機関からすんげえ叩かれたのな。パンフの仲井戸さん談ではファンの嫉妬心とか解散したことへの悔しい思いなんかが濃縮されてのことだろうと推測されてるけど、それにしてもオノさんといっしょになったあとも後世まで世界各地で使われつづけるレベルの名曲をつくりだしてることがもうレノンにとってのベストパートナーである証左だろうに、いくらよい結果をだそうとレノンの嫁にオノさんがおさまることに当時の英国人はどうもゆるせなかったみたいね。夫人から聞いたんですけどオノさんは実家が超のつく金持ちだからカネや地位が目当てではないのはわかることだろうに。特に現代美術やりに単身で外国までいくような心意気のあるヒトは自分の心が動かないかぎりは深い付き合いをしたりしませんから。どうしてもパトロンほしさに玉の輿ねらうみたいな人もいるかもしらんけど、心を偽った生き様してたら気持ち悪くて作品がおろそかになっちゃうと思う。そんでイギリスでの猛バッシングがどうしてもやまないもんでオノさんとレノンはしかたなくニューヨークに移住したらしい。アメリカでも精力的に音楽づくりしてファンには好意的に迎えられたそうなんですが、ベトナム戦争に反対したりとかニクソンに文句つけたりしたんでアメリカからも追い出されそうになるんです(熱狂的なファンが膨大数いるんでレノンが訴えたことが社会で即通されてしまう事態に怯えたのでしょう)けど、仲間に支援されながら数年ねばって永住権獲得したりする。ニクソンも自分の立場があぶないからって平和訴えるヒトを国外追放しようとしたりすんなよ。イメージ悪すぎだろ。しかしレノンが国外追放裁判に勝訴できた理由が司法の場のヒトがレノンのファンだったからってのがすごく爽快ですね。まさに音楽で生きる権利を勝ち取ったんだなと思ってじーんとした。きなくさいことを芸術への感動が霧散させてしまうってのはすばらしいことだ。国外追放されかかってた3年くらいはレノンにとっていろいろつらい時期だったみたいで、どういうわけかオノさんからも追い出されて失意のままロサンゼルスでやけ酒あおりながら歌つくってたらしい。こんときにつくった歌が映画中でもチラッと流れてましたけど、わりとまっとうなハードロックちっくな激しい歌だったりしてちょっと興味ぶかかった。レノンてヒトはそのときごとに駆られてた感情をそのまま歌づくりにぶつけてしまうド正直なおにいさんだったんですなー。小細工ができない天然キャラっつーかさ。このヒトはパウルクレーとかと同じ全身芸術家タイプなんだなあとしみじみしました。その都度かんじたことをまんまぶつけるので理不尽なことへの怒りから派生した行動で権力者との軋轢ができちゃったりはするものの、基本的に流れに逆らわずに純粋に生きてってるかんじなんだなーと思った。人生おくる上で自分の欲求が原因でむりなほうへ曲げようとしてひどいことになっちゃう場合がわりとあるんですけど、レノンはそういう無茶はせずに感じたまま、よけいなことは考えず流れに沿って生きてるところが素直ですな。音楽のつくりかたについてもバンドのメンバーとなんとなく音あわせてるときにいつのまにか立ち上がってくふうなスタイルだったそうで、元メンバーのヒト談ではレノン自身も「音あわせでいつのまにか出来上がる」ことの愉しみを知っていてスタジオやバンドとの関係をたいせつにしてたとかなんとか。有名な歌手つーとワンマンで傲慢だったりするそうだけど、当時を知るヒトがいうにはレノンはごくふつうのヒトだったらしい。映画中でのスタジオでの歌づくりの風景をみるだになんか平易で的確な指示をふつうにだしてたかんじだったな。オノさんと復縁するきっかけになったエルトンジョンとのコンサートが映画で流れてましたけど、なんかエルトンジョンと同時にうたうとレノンの歌唱のよさがかき消されちゃってたな。どっちも強烈な個性だから引けない(バックコーラスにはなれない)んだな。んでオノさんがもどってきたり永住権とれたり子育てしたりしてまた音楽にもどってくるんですけど、最後が狂信的なファンに殺されちゃうっつーね。社長夫妻がいうには「政治的な裏が絶対ある」ていいますしおいらもちょっとそれは思いますけど(政治に影響でるほどの動員ができてしまうとゆうのは権力者は怖いだろうし)、にしてもニクソン時代後に殺したら逆に国としては損失にしかならない気もするんだが(貴重な税収源だし)。それ以上に「狂信的なファンに殺される」くだりは村崎百郎さんのことを思い出さずにいれなかった。レノンを殺した人、村崎さんを殺した人は「殺せて満足」してるんだろうか。司法の場まで動かしたほどの歌でも狂人にはビタ1文とどかないってのはやるせないね…。かれらがいまも生きているのならそれで前よりも生きやすくなったのかどうか聞いてみたいわ。実録番組みたいのみてると「狂信的」な生き様に陥ってしまうヒトはほとんどが親や家族とのこじれが原因で、殺す相手(多くは有名人)はあまり関係ない場合がすごく多いんよね。テレビでひんぱんに流れる歌にはそういうヒトのもとまで届くモノがないってことでもあるんだろうけど。あくまで「一般大衆」を感動さすためのもんであって狂人をなだめるもんはいっさい流されないっつー。
ハウスメイドはキムギヨン映画のリメイクで、飾り立ててダラダラ過ごしてる女が「妻」であることで正義が成立する場で、炊事洗濯掃除とむかしながらの良妻賢母的な仕事をすべてこなしてる女が孕まされたことで「悪」とされて傷めつけられて追いたてられる話。生活や家族関係の根幹を支えさせている者を一段低くみなして扱い、意に反せば追放するという「女」性の自虐の光景にもみえる。あの若奥さんも自立はしてなくて、メイドさんにしろ奥さんにしろ夫という「男」に依存しながら翻弄されてんですよね。韓国社会の男尊女卑的な構図を監督さんはまんま描いたのかなと思った。キネマジュンポーセルロイドの画集で今作にでてくる現代美術作品についてこまかく取り上げてますけど、ラストの娘の誕生日になぜかモンローを描いた作品がプレゼントされて奥さんがなぜか娘にむかってモンローのマネこいてるんですが、あれは母親である人間が家族に対してお色気くらいしか捧げられるもんがないってことなんですかね。モンローもお色気キャラはあくまで仕事のもんだったから、仕事むけの顔を目当てに近づいてきた男とは私生活ではうまくいきようもなかったろうしね。
インシディアスは親子二代がらみのポルターガイスト的な話ですが、この監督さんの描く幽霊つーのがどうも厚塗り化粧でゴス衣裳着てる濃厚な霊ばっかしでぜんぜんこわくないんですよね。しかもモヤっとしてなくて超クッキリハッキリ出るからさ。あれは霊じゃなくて実在するへんなひとだよ。ギ音もいちいち「ドォォォン」「バァァァン」みたいな漫画で描かれるおどろおどろしい手描きタイポが目にみえるかくらいの大仰さ。サスペンスあるあるパロディ映画スレスレのやりすぎさなんだよ。冒頭のタイトルでるとことか笑わせようとしてんのかと思いました。なんか監督さんは手作りのお化け屋敷グッツを詰め込んだ玩具箱的なのが大好きみたいんなんすけど、作り手の作為がみえる造詣のもんが画面にあればあるほどこわくないんですよね。不自然がありすぎて。恐怖あおりに必須の静けさが0.1%くらいしかねーのよ。とにかく画面も音もウルセーの。いいんじゃないすか。
ツリーオブライフは「これは1800円の高級フルーツですよ」ていわれて開けてみたら10円の果物ジュースの粉(駄菓子のやつ)が入っていた。ひさびさにせこい詐欺にあったと思わされた作品。カルト団体の啓蒙ビデオでも遜色のない。 アレアレよりさらに下のなにか。カンヌはあくまで監督さんの映画人生に賞を与えたのであってこの作品は眼中にまるでないと思う。スジっつーか…なんか地球のなりたちが長々と差し挟まれつつジョリ姐の内縁の夫が少年たちに家庭内暴力をふるう画ヅラ。ファウンテンはまだ画ヅラがバカで笑いようもありますけど、この映画は終始大真面目にインテリぶってるのが救いようがないほどつまらない。
オテサーネクは人食い切株を隠し飼ってたゴリラ顔少女がアパート住人たちを次々エサにしてく話。監督がシュルレアリストなんでしゃべる口をやたら映したり、人食い切株をいろいろ理由つけてなかなかブッ殺そうとしない要員のへなちょこさがイラっとさせます。