江ノ島はよかったけど鎌倉とはどうしても相性がよろしくないらしい件

霊感体質かなみのけっこう不思議な日常3トークショー(19日。大盛堂書店3階)はこれのこぼれ話をわりと聞けて面白かったのと、吉野さんご本人がみれていろいろ腑に落ちた。吉野かなみさんはたくましい商魂をド正直にさらけだしてる的なブログ題書籍タイトルからして天然一直線か狙いすぎかどっちキャラなのか判別がつかずにいたんですが、しっかり者の下町の肝っ玉ねえさん的に道理をわきまえた安定感ビジュアルからして両方ほどよく持ってる方なのかなと思った。霊みえる方面のヒトて「霊世界では当然の道理」を霊みえない人間に教えてやる的な方向の方が多いように見受けられるんですが、吉野さんは自分もよくわからんがこんなことみてあんなことあったんですよーなんだかわかんないですねー的に霊みえるし霊仕事してるにも関わらずあくまでイチ傍観者としての立場からの体験談を伝えてくれる(そのうえで事案ごとに邁進すべき心構えや方向性をちゃんと心得てる=霊みえないヒトに霊話を語る責任を自覚している)ので、霊みえない立場の人間としては地続き感からくる親近度がパネェです。読者との対等視線がゆるぎないのよ。トーク中で吉野さんの浄霊に際する信条として「(迷惑かけてる霊だとしても)いきなり消し去ったりするんじゃなく、霊当人にちゃんと納得してもらって成仏してもらう」のを良しとしているとの旨おっしゃられていたんですが、漫画作品の語りや構成ぐあいからしても関わりを持ったモノに対してとりあえず対話したり客観的な分析しはじめたりするあたり、万物に対して対等の立場で接するがしぜんにできるヒトなのだなーと思った。3巻にでてる闇の存在みたいなもんには対話は成立しなさげだから神様たちにたのんどくが吉なんだろうけど。なにしろ「いきなり消し去る」にはどこかしらゴキブリみた時の条件反射的なヒステリーが含まれていて、それにとらわれると相手と対等になんて向き合えないんすよね。いきなり消し去ったりしがちな向きは虫なり霊なりを基本的に「怖い」という観点だけで見ている、というあたりからして「怖い」はヒステリックさの結晶みたいなモノなんだろな。「怖い」は創作物や娯楽でたんのうするぶんにはとってもだいじな要素だし、スラッシャーだのホラーだの好物のおいらとしてもたいせつにしてゆく所存ですが、こと現実で怖いヒステリーにとらわれたまま物事にあたるとろくでもない事態にしかならないんじゃないかと思う。エロ漫画消し去りたい人も「もしもうちの子が」的な「怖い」ヒステリーにとらわれてるんだろうしね(そういうヒトに限って性教育しっかりする前提が抜け落ちてるし)。あそうそう、ゴキブリといえば件の闇の存在的てのはゴミにむらがるモノが増長するとそうゆうやっかいなブツに変貌しがちなんだとかトークで吉野さんがゆってた。ゴキブリやネズミが居座りやすい環境はつまりそうなりやすいんだそう。その環境にあることにまず気づくのが大事なんだろね。なんか増長して闇になったもんに居着かれるとその環境がいいのかどうかの判別もつかなくなるらしいよ。闇の存在がそれを改善さそうとしづらくさせるせいらしい。漫画に描かれてた闇の存在がらみの件は編集の西尾さんつー方の実家でおきた実話だそうで、この西尾さんが霊とかまったく信じてねぇ姿勢のまんまで吉野さんとアレコレやらかす話しっぷりが漫才コンビ然としててたいへんおもしろかったです。西尾さんは語りでいちいち笑いとるのがうまいんだよなぁ。それに輪をかけて吉野さんがたたみかけるし。西尾さんも家族が鬱に包まれてるとゆうのにいっしょに暮らしていながら実はなんも考えてねーんじゃねーかみたいな軽妙さで。根っから見世物師なのだなーとじーんとした。霊方面とか恐怖方面の編集人てそこらへんのかねあいが絶妙でないとつとまらないんでしょうな多分。信じてないけど儲けられりゃいいや精神下での取捨選択とかさ。それ1歩まちがうと詐欺師に肩入れするはめになるからねえ。勘所がむつかしいだろうね。闇の存在の件にもどしますけど、それの対処に関しては神様としても燃やすしかないそうで、つまるところゴミから派生して病原菌とかと同じもんになるとゆうことなのかなと思った。大昔はそれ放置して病気が大流行したりしましたしね。あと3巻にでてきた三栄書房に昔から居着いてたおばあさん霊の件でちょっとおもしろかったのが、おばあさん霊が自分の土地に入ってるもんを追い出そうと大鎌をふるってその場にいる人間(の霊体)を傷つけてまわった結果、やられたヒトの肉体が「(手術なんかで)切る」症状にみまわれまくったり、三栄書房内で大リストラ(=人員切り)が行われたりと「切る」に関することがどんどんおきてたという件。なんだろう、強烈な思念がまかりとおってその場がそれに支配されてるということなんだろうか。あとそのおばあさん霊を周知のうえでなんともしようとしない社長自身がおばあさん霊と性格が激似だったりするところとか。似通ったもんがそこに集まっちゃうのな。おばあさん霊を神社に連れてってお祓いの席に座らせてあげるくだりでは「上に昇ってったりするんじゃなくだんだん消えてくんですよねー」と吉野さん談。あそうそう、あと闇の存在の始末を狐さんにまかせた時に降りてきた天女さんの話もおもしろかったなあ。狐さんがクチから出す青白い炎を闇がいる部屋のあちこちに置いていって(これがすごくキレイなんですよーと吉野さんゆってた)、それが螺旋状に燃えていってその中央で闇が焼かれたらしいんですが、まんなかに光がきて天女が降りてくると、その天女がなんかずっとハミングしてたらしい。それをみながら吉野さんは「歌って浄化なんだな〜」と思ったんだそう。うたうという行為自体が浄化というか、その場の空気をかえることになるんでしょうかね。吉野さんの体験談漫画では有名どころの神様とか霊がバンバンでるんで、それをいぶかしんだ向きが疑いのまなざしをもったりしがちかもしらんですが「万物(神から霊から仕事相手から読者からすべて)と対等」「関わったモノから逃げない」ていうゆるぎない基本姿勢を貫きながら何が起きても流されたりせず自分を保ったままで霊仕事をしながら克つ素直な状態でいられるヒト、てのが実はすごく珍しいんじゃなかろうか。そうゆうヒトがいるとふつうに有名どころの神様はちからを貸してくれるってことなのでは。ヘタに霊方面にちからがあっても心根によこしまなもんがあると、きた霊や神様を利用して閉じ込めたりしそうだしな。そんな人のとこに神様もいきたくねぇわな。ご本人のフレンドリーさからしても「霊とか興味ねーけどなんか関わっちゃうメンドクセ。まーいいかケーキうめぇ」のかんじにたいへん共感をおぼえました。ちなみにトーク中に次巻へのリクエストがあったから出雲大社の遷宮日にどんな神様がみえるか行ってくれとお願いしといたんで、霊感体質かなみのけっこう不思議な日常4巻で大社ネタでてきたらまあワシがからんでると思ってくれたまえ(キリッ)。他の男性客さんは幣立神宮いってくれとたのんでた。さらにリクエストしていいならこれにでてる皆神山の神社でみえるとゆう宇宙人ぽいナニかがなんなのか解明してきてほしいな。あと沓島あたり。神様に好かれてる霊能者とそうでない霊能者では同じとこみてもみえるもんがちがうんだよね。ふしぎ。任務のちがいもあるんだろうけど。