子供は自然にちかいので動植物とよくなじむ件


『本がポンと投げだされてあった。「コドモノクニ」というその本であった。胸がきゅっとなって、どきどきして、その本が自然に私のもとにくるように願っていた。私はげんきなこどもだったと思うのに、「見せてちょうだい」とはそのときどうしても言えなかったような気がする。けれどその後、いつのまにか私はたくさんのコドモノクニを見るようになっていた。』
世界一美しい本を作る男(11/8。イメエジホウラむ)→ターナー展(11/12。東京都美術館)→ちひろと初山滋 永遠のコドモ(11/22。ちひろ美術館)とみまして、上記『』内はちひろと初山滋展に掲示されてた「いわさきちひろ 1968年」の文章から抜粋したモノ。好きな人の前いくとドクドクしすぎてうまくしゃべれなくなったり、マジにおいしいもんを食べると一瞬なにもいえなくなってしまうことがあるけど、理性がふっとんで常時そのことしか考えられないほどのもんに出会った際の状態て、よくよく考えると「愛」なんて簡素な字ヅラでは表現しきれないくらい凄まじいなにかに襲われてるかんじなんだよね。「あなたを愛してる」だの「この料理おいしい」だのと口頭で言えるのは冷静である証であって、マジに刺さったときにはショック状態にあるがためにそんなふうに言葉にはできないはずなんだがね。言葉にできる、てのは出くわしたもんを分析したうえで的確な表現をひねりだすまでの作業を脳内で既にこなしたって証左なんだな。アメリカンなんかが愛してるだのなんだのしょっちゅう言うらしいけど、厳密に言えばそれは真に心ゆさぶられた状態からはすでに脱しているのだと宣言してまわってるようなものだよね。まあ女子は常に気づかってもらいたい生き物なので言葉上でもチヤホヤしとくにこしたこたないんだけどさ。日本の男があんまし愛についてクチに出さない傾向(※うる星やつら最終巻参照)なのはおそらくそこらへんの事情も手伝ってのことなんじゃないのかなあ。愛についてクチにだすと嘘くさくなるってのはおそらくそういうアレなんじゃねーかと。本来的になにもできなくなるほど激烈な状態に襲われてる最中が「愛」に駆られてる状態だとするならば、言葉として冷静に表現できる時点で「愛」に駆られてる状態ではないつーね。「愛」や「心」て字ヅラが広告や宣伝なんかで軽々しく扱われすぎてきたゆえに、その言葉が意味するもんを勝手に軽視しつつだいぶ見くびってしまってるヒトがわりに多いんじゃなかろうか。愛や心を軽視した状態でいると、痴情のもつれで殺すまでに至ってしまった人が理解不能の鬼畜にしかみえなくなってしまうだろうな…。万人に備わる愛や心てのはいつどうなるかわからないほど激烈なモノだという事実をあまりにも忘れすぎてるんだな。失恋してストーカーと化しそうな状態のヒトをみかけたら身近なヒトが協力して隔離&日々重労働&ごはん食わす+娯楽生活を繰り返さすべき、てツイッタかなんかに書いた気がするけど、自殺しそうなヒトにもそれと同じことをさすべきと思う。こころが激烈な状態に陥るとたぶん当人にはもうどうにもできないと思うのよ。自殺について「当人の選択だから…」つって放置して見守るのが吉、みたいにゆってる人がいるけど、じゃあ殺人やらかす寸前のストーカーも放置するのが吉なんか?ということになっちまうだろうよ。死や殺しに向かわざるをえないところまでいっちゃってる人間をどうかする、てなったら外部のもんが駆けつけて縛り上げてでも止めないとだめなんだよ。おいらは失恋した当時、もうどうかなりそうだったけど家の人と勤め先の人がいて、世間的な縛り(やんなきゃならないこと)がたくさんあったからこそかろうじてヘンことに陥らずに済んだかんじだったよ。働いて、ごはんくって、映画や展いったり漫画よんだり、そういうくりかえしがほんとうにだいじだった。なにもせずにいたらあらぬところへいっちまったろうなあ。あの自分では自分をどうにもできない激烈さ。あの数年間すごくたいへんだったけど、すごく貴重な体験だった。それでもインターネッツの占いサイトなんかしぬほど走ったりして、へんなことたくさんやらかしたなあ。暴走する心のままに依存症じみたこと―冷静な人からすると意味がまったくないこと(例えるなら花びら1枚1枚ちぎりながら…的な[赤)なんかをずうっとやってことあるごとにこの世の終わり的に号泣していた。酒だの賭け事だのを何時間でもずうっと続ける状態のヒトの気持ちがちょっとわかるよ。そうせずにいられないほど激烈なナニかに駆られてるんだよ。こころが意外とわかってない件には「子供のころの感動」てのも含まれてて、ちいさいころってさ、動植物だの自然のモノをみてなんらか感動はしてるはずなんですけども、それをどう言葉にしたらいいのかがわからないんすよね。成長してから「綺麗」とか美しいとか、世の中でよく使われてる表現であらわすことが一応できるようにはなるんだけども、厳密には幼い頃に抱いた感動の気持ちをすべて表してるわけではなくて、ただ、とりあえずの共通言語で表現してるだけなんだよな。子供のころの感動てのはリアルタイムにはハッキリとは表せないし、かといって大人になってからでは(伝達効率が優先された)簡素な言葉でしか表現できなくなってるから、意外と詳細が検証されずに見過ごされがちなままになってる感がある。で、ちひろと初山滋展の件にもどしますけど、子供のころに世の中にあるものがどんなふうに見えていたのか、なんか初山さんの絵をみて思い出したふうな気持ちになったんだよ。初山さんは児童向け雑誌だの教科書の表紙だのの挿絵を描いてたヒトで、子供のまわりに配された動植物を幾何学模様ふうに図案化したうえでカラフルに描くタイプの画家さんなんですけども、たとえば1964年の「かえる」て絵で描かれてる蛙には実際の色ではなくて、池にいる蛙を発見したときに子供が感じる「楽しさ」とか「大好き」みたいなウキウキ感に基づいた色がこれでもかと配されてるんですよ。いろんな色したおたまじゃくしの頭に1コずつ花がのせられてたり、すいすいおよぐカエルなんかはおしゃれな水玉模様が散りばめられていて、その水面は七色だし、水中でゆらぐ水草は半透明になっていて、なんか、すべてが輝いているかんじがすんですよ。あっ、ちいさいころ、こんなふうにみえていたかもしんない…!てなんかびっくりした。花や生き物をみたとき「きれい」とかじゃなくて、なんか、うれしいとかたのしいとか、そういう小躍りしたくなるような感情がわいてきてたかんじがすんだよ。自然のモノだけではなくて、駄菓子だとか千代紙、母親のスカートの布の質感や柄とか、飴玉、生活用具のふしぎな模様だとか、それをみたときに感じたよろこびが初山さんの絵に再現されてるかんじがした。大人からしたらくだらないものでも、世にでてあまり時間を経てない子供には「くだらない」という意識すらないので、あらゆるモノから敏感に「快」をかんじとるんですよね。そのころに抱いたうれしさだとか、快楽やたのしさ、きらきらした輝きを初山さんはよくわかっていて、絵でまんべんなく表現してあるのよ。大人がみた「色」じゃないの。子供のころの掛け値無しの感動が再現されてる。名作といわれて版を重ねつづけている絵本はそれと同レベルの仕事がされてる場合がすごく多い。子供が冷酷な批評家であるってのはそこに直結していて、世の中の評価とはまったく関係なく、自分自身の快楽に沿うかどうかだけで物事を選びとるゆえなんだよね。たとえば動植物が描かれてる絵本を子供が見たとき、自分が実際に動植物に相対したときに抱いた「快」と同程度のモノかどうかを脳内で精査していて、そぐわないモノであれば遠慮なく投げ捨てるんじゃないかと思う。ピアトリクスポターの絵本はおいらの「快」にピタッと合ったのよね。絵も翻訳文もぜんぶ。吸った。初山さんの絵の傾向てのはそのチビッコの快に忠実なのに加えて、おそらく当時の流行だったせいだとは思うんだが、パウルクレーの描きかたにすごく似てるやつが多いんすよ。子供のまわりに配されたもよもよした植物(初山さんの絵て寄り集まった小さな草花や星が金平糖みたいに散りばめられてるノリのやつが多い。木版絵本「もず」中の「わたりどり」て絵なんかに顕著)とか、ものすごく細かい枝でつなげられた色鮮やかな実の数々だとか(「しか 1960」「マッチ売りの少女 1955」はクレー感が全開になってる)、線と線でつながった星々を思わせるようなのもあるし、「蝶 1964」は黒背景から淡い色合いがハッキリと際立ってて、そのコントラストぐあいから受ける「快」からは飴玉をくちにふくんだときの感覚に似たモノをかんじる。「うさぎ 1964」は雪のなか出かけてった先でふいになにかみつけたときの喜びが思い出されるかんじ。擬人化されて洋服着た動物が生活してる中の風景絵みるのって、なんでこんなにほのぼのするんだろうな。絵本でもそういうのは鉄板なんだけどさ。この世のすべてによろこびがあるんだなーとしみじみした。「おやゆびひめ 1949」なんかはひそかに自然のなかでこんな物語が進行してるのかもしれない、と思わせる話で、物事の裏側を考えるための想像力を培うきっかけにもなるやも。ちょっと毛色のちがうのではコドモノクニ1940、9月号の「からっぽの船」につけられた海と船の絵がロシアアヴァンギャルド風。コドモノクニ名作選みると、アールデコらへんの英・仏あたりの挿絵画家に影響受けたふうな絵がすごく多いのな。初山さん絵では「なんなん菜の花 1932」の真ん中になぜか波線みたいのが描かれてて、原始時代の壁画に描かれた模様ちっくでちょっと気になったのと、あとこれは初山さんに限らないのだけど、見開きで各々の頁に象を向き合う形で1匹ずつ描いて、右は背景黒+象が白、左は背景白+象が黒、というふうに、反転させた面白さを描いたもんがわりとあるのも面白かった。あれは色や形の「違い」や「同じ」である意味を幼児に学ばせる的な絵本に多いんだけど、デザイン的な見地でみると単純ゆえにすごくおもしろかったりすんだよな。ところで初山さん年表みたら浅草生まれてなっててエー!!て思った。あと、たき火中に死んだってどういうことなんだろう。ちなみにおいらみにいったときには女のヒトがすごく多かったんだが、初山さん絵が表紙の教科書みながら「そういえばこういう教科書だったー」て発言してるおばさんがけっこういた。あと親御さんに連れられてみにきてるチビッコもいたけど、レオニ展のときもそうだったんだが、名作絵本原画展なんかでは絵を指しながら「コレしってるよ!」て発言する子が多いんだよな。親に愛されようとする→家族になじもうとする→友達といたがる流れの社会性獲得欲求の発露なんだなーと思う。一体感を得たい、てのは誰しも持ってんだよなあ。そこが満たされないとおかしなことになりがちくさい。初山さん絵と同時に岩崎ちひろの原画も展示されたんでついでにみましたが、ちひろの絵の子供絵てちょっとふざけたことするとシュンとして消え入りそうなシリアスさがとっつきにくいなー…酒井駒子の系譜…としか思えなかったんだが、実際に原画をみると、つかみどころのない、漠然として定まっていない危なっかしさがむきだしになってる子供(という存在の不確定さ)を、淡い色合いで表現してるのかなと思った。きれいなパステルカラーなのでわかりづらいんだけど、ある種の混沌状態にある最中の存在を描いてるかんじ。生き物の感触をたしかめようとしてクチのなかにほうりこんだり、ちからまかせに握りつぶしてしまう。純粋=「区別がつかない」と同義というのかな。次の瞬間にはどうなるかわからないもの。気ままに駆け回るほどちからがみなぎっているのに、まるで煙だとか水蒸気のようにあやふやで、この世ならぬもの。3歳までの生育環境でその後どうとでもなってしまう危なっかしい存在。おそろしくもあり、だからこそ素晴らしい。そういう状態にある幼い子をちひろが描くときは、鮮やかな淡い色だけで、輪郭線はぜったい描いてないんだよね。小学校中学年以降の子を描いてるときにはちゃんと輪郭線を描いてあることが多いの。やっぱりちゃんと原画をじっくりみないことにはほんとのとこはわかんないもんだね。ちひろの絵については「あいまいなものをちゃんと描く」ていう観念で一貫してるかんじだった。「木の葉にすわる子供 1966」てキングスレーの水の子ぽかったな。ちょっと影響されてるのかな。展示のさいごのほうになんか?ピエゾグラフていう手法でつくられた複製画があったんだけど、これ原画と区別がつかない。すごい。どこにも印刷の形跡が発見できなかった。これ将来的に本物と区別つかない偽物が大量で出回っちゃうんじゃ。すごいなあ。今回ここの館はじめていったけど、なんとなく癒されるイイ場所だった。ごはんもたべれるしおいしいんだけど、量がすくなくて高い。蓮だんごみたいのおいしいかった。
ターナーは10キロくらい離れた先の風景(自然or街+空)ばっかり描いてたヒトで、ヒトなんかはその中央でメシ粒程度にしか描かないんだけども(人間への興味ゼロなんすね…)、遠く離れたところからでも空と大地の色彩コントラストの強弱でその場面がどういうシーンなのかを表現する的な傾向の描き方がスキだったくさい。漫画でいうスクリーントーン部分を描くのが好みとゆうのかな。いちばん多いのがこう…いかにも「神の恩寵」的に陽の光がメシ粒人間たちに注いでたりするのとか、コントラストを強烈にして光を際立たせるふうなやつが中心なんですけども、最初こそちゃんと風景画だったのに、年を経るごとにだんだんと欲求に忠実になりはじめて、1820年代あたりから「ぶっちゃけ空と大地ふうにみえりゃいいんでしょ?2色ありゃわかるでしょ?もう俺それしかやりたくないし」ふうに、こまかい描写ぜんぶなくしてロスコの絵みたいのになりかけてるんですよ(展示では「VI.色彩と雰囲気をめぐる実験」と「IX.後期の海景画」のやつ)。顕著なのが「にわか雨」「グリゾン州の雪崩」なんて抽象画に片足つっこみまくりだし、「三つの海景」はロスコか!!てちいさくつっこんじまいましたよ。「暴風雨」もカンディンスキーすぎるし。ここらへんの見れただけでも来た価値あったわ。なんか…当時の絵画界の主流だったヒトがすでに次世代の抽象表現バリバリやってんじゃねーすか。このたぐいの絵は批評家連中に「なにこの石けんの泡(笑」とか失笑されてたらしいすけどね。よくやったターナー!!てグッとした。あと「平和―水葬」て題された絵の作者コメントとして「もっと黒くできるのならそうしたい」て付いてて、なんか、ターナーわりとイイ奴なのかなーと思ったけど、未亡人との同棲を隠し通した挙げ句に私生児である娘の結婚式には絶対に出なかったりして、なんつーか、イイ奴でもない。絵にしてもめちゃくちゃ遠くからヒトビトを眺めるふうな傾向からして、筋金入りの人間嫌いだったのかもな。自分のことは語らない、て解説にでてたし。ターナーの風景画て明るくてきれいなのが多いんだけど、たまーにあるベタ塗りの夜の絵(「月光、ミルバンクより眺めた習作)がハッとするほどきれいだったりして、もっとこういうのたくさん描けばいいのになあと思わずにいれん。
シュタイデル映画は夫人に連れられていったんだが、なんかたまたまトークショーやっててすげえ混んでた。映画としてはシュタイデルさん(ゴーン似)がいろんな写真家と話しあったりほうぼう営業にでたりする光景を撮りおさめたドキュメンタリーなんすけど、観終えたあとに夫人が「日本は浮世絵のころから分業制なので、シュタイデルさんみたいにデザインも営業もってワンマンにこなすのは無理」とかゆってたんだが、そもそもビジネスの才能と美的感覚両方が優れたヒトてそうはいなさげだしねえ。「データ=情報・消耗品」であり「本=モノ(美術品)、愛玩物」である、というのが電子モノとの決定的な違いで、ニオイがするかどうかなんてのは微細だけども、そのちがいをちゃんと把握したうえで提示できて、かつ実現することができる、てのがシュタイデルさんの最大の売りなんでしょうねと夫人談。2〜3か月かかる仕事も、直接会いにいってじかに交渉してまわれば4日の旅で済む、つって映像中でもシュタイデルさんがいろんな写真家と交渉してる光景が映ってたんすけど、どのヒトもキャラ立ちが激しくておもしろかったなあ。映像中でジョエル・スタンフェルドつー有名な写真家のおっさんがでてくるんだが、トークで飯沢さんが「スタンフェルドて写真集みるかぎりではすごくカッコイイ人なのかと思ってたのに、あんなモジャモジャしたヅラのおっさんだなんて…」とかガッカリしてた。撮影禁止のとこをどうにかして撮影するために、架空の人から電話がかかってくる偽装アプリ使ってるてモジャヅラのおっさんが映像でたのしげに話してたな。ヅラの頭部を見つめながら聞く偽装話てのもオツなものですね(欺けてないけどな)。モジャヅラおっさんが「今回つくる本は悪趣味にしたい」つったらシュタイデルさん俄然やる気だしてたなー。悪趣味な本てのも意識してつくるとなるとムズかしそう。シュタイデルさんがモジャヅラさんといろいろやりあってようやく本が完成しそう、つーときに、突然モジャヅラさんが「俺、もっとここはこういうふうにやりたい気が…」とか言い出して、あせったシュタイデルさんがソッコーで説得にかかってわがままを阻止したのが面白かった。写真家だの美術家だのってのは進行と関係なくわがまま言い出すもんなんだな。こまった連中だな…。トークで飯沢さんが「編集者と写真家は猛獣使いと猛獣の関係」て苦笑してた。ロバートアダムスだったか?「エッジにぶつかりあって影響している」ての、そういう意味なのかな。よくしらんが。エドルシェに対しては「限定部数は300でも500でも1000以内なら変わらないけど、部数少なくして希少感だしてみる?」なんて持ちかけて「でも単価高くならない?」ルシェからて心配されてた。その後つくられた希少感全面出しの写真集を1部100万円定価にして、確実に将来値上がりしますよ!つって投資目的煽りで買わそうとしてたな。ちなみにパンフにあるシュタイデルさん談に「今日の出版業界では、イギリスの大手出版社が、インドで印刷し、中国でレイアウトを行うなどというのが実情です」てあるけど、1980年代くらいまでの洋書の奥付けみるとたいてい「printed in Japan」てなってんだよな。国の発展と共に30年おきくらいに変遷してくもんなんだろうね。ジェフウォールに対してはシュタイデルさんが25万ドルもするなんとかいう高級カメラを勧めてたな。遠くの屋根にある鳥のフンまでくっきり写るよ、とかいって。当のウォールさんは今やつくられてないフィルムにこだわっていて、300コほど冷凍保存してるらしい。フィルムて生モノぽいな。シュタイデルさんが生モノぽいもんを常に白衣(仕事中はずっとこのかっこ)で扱うあたり、ちょっとだけサンローランぽかった。そういえばトークで飯沢さんが五千冊ある蔵書をインテリアがわりに置いたメシ屋を六本木と恵比寿間にあるダビデ像ちかくに開店するとかゆってましたよ。奥さん名とってめぐたまというらしい。
 
 
この前三菱一号館にも連行されたんだが、ロートレックが性格悪そうってことしかおぼえてない。ロートレックが描く女優だとかがヘンな顔つきしてるのは、浮世絵における写楽みたいなもんで、誇張のキツい風刺画じみたドギツさを淡い色合いできれいに仕立てあげるあたりがおもしろくてのことなんでしょうな。あとブラッケモンのトリ版画がでてた。すごくめずらしい。