独裁を否定した革命児が、独裁を肯定してしまった

本日題はbluenote7777さんの日記文中より抜粋したブツ。いまさらですがキューバってわりとしっかり言論統制されてんですね…しかもアメリカ的考えに従わないようにするためにPC売買禁じたりとかしてたらしいし。越境が自由だったりするんでわりと思想的な締め付けはユルいほうなのかなーとか勝手に思ってたんですけど、やっぱ社会主義と自由な考えってのは両立は根本的にムリなんだな。社会主義やめたら国の経済状態のためにいやがおうにも成長しつづけなければ立ち行かない資本主義を選ばざるをえなくなるだろうし。大多数の平等な食い扶持を維持しつづけるには成長や改善をすべて拒否して永遠に凪いでいなければならないと。それは人間性を無視してるふうにも思えるけどな。でもカストロさんをここまで追い込んだのはもとはといえばアメリカの乱暴なやりかたが原因なんだし。 アメリカという強力すぎるヤクザにみかじめを要求されさえしなければカストロさんもこんなかたくなになることもなかったろうに。経済状態だけ社会主義の手法で思想は自由とかできないんですかね。あたらしい発想もなにも生まれなくなっちゃうじゃん。カストロさん死にそうだっつーのにこういう状態じゃ優秀な人は国外でてっちゃうだろうし。で、なんでキューバネタなのかというと野球の世界大会がらみなんですが、なんかキューバの選手って相手チームのデータとかまったく調べてないとか小耳にはさんだアレからなんですけど、プロが対戦相手の選手それぞれの特徴くらい叩き込んでなくてどうすんだよ…つうかさ…いくらカストロがチームの戦略批判したってさ…勝つためになんでも取り入れてちからにしてる国に勝てるわけがないし。それはなんか…野球のプロチームひとつがどうこうというよりも国の閉鎖的な柔軟性のなさに起因してるような気もしなくもない。新しい考えをいつでも交わせて実行もふつうにできることは悪いことか。アメリカのように成長のために他者を蹴落とすことにつながるから?だからって旧来のやりかただけが善と決めつけるのもどうなのかねえ。資本主義社会と社会主義社会のいいとこどりした新しいシステムや考えをつくりだそうとは思ったりしないのかな。どうしてもどちらかしかないもんなのかね。

ネオテニー(幼形成熟)とは動物学や発生学で使われる用語だが、幼形のまま性的に成熟したものを指す。なかでも有名なのは「人は性的に成熟したサルの胎児である」という仮説だろう。平面的な顔、少ない体毛、大きな脳容積などは類人猿の胎児と共通であり、人類だけはそのままの形で性的成熟を遂げてしまうのだ。
 私がその言葉に強くひかれたのは、幼形のままゆっくり成熟するものこそ、先に進めるというイメージがあるからだ。
 90年代以降「カワイイ」という言葉が日本の現代美術のキーワードとされ、加藤泉やMr.(ミスター)、工藤麻紀子加藤美佳らの子供や若者を描いた作品が、世界中の美術愛好家を虜にした。あれは漫画やアニメやフィギュアの延長線のもので、アートではないと今でも語る人がいる。しかし、日本の若者たちがそれを成し得たのは、20歳をすぎても30歳をすぎても、成熟することに無関心で、漫画、アニメを追い求める「カワイイ文化」「オタク文化」が背景にあったからのように思う。
 私には彼らの表現が、西欧的に成熟することが美術であるとする旧来の価値観を、幼形に留まることで拒絶する意志のようにも思えたのだった。
 モンゴロイドの顔が人類のなかで最も幼形を保っていることは、偶然なのだろうか。西欧的な価値観が支配するアートシーンのなかで、遅れて出発した日本や中国の若者たちが、自分たちの顔型や日常へのこだわりを表現することで、世界に発信し始めている。それは何か特別な意味のあることのように思えるのだ。
 経済や軍事という物量で世界を圧倒する西欧型の成熟が、もっとも柔らかいところから綻びを見せ始めている。アートシーンはその象徴であるように思う。なぜなら、成熟した世界の中で、アートこそが最も幼形を残したネオテニー的世界であるからだ。』

上記『』内は昨日の朝日新聞夕刊の高橋龍太郎さん文からです。前々から会田誠の展いくたんびにイカス作品にかぎってこの人所蔵って書いてあってどんなあられもない人かと思ってた。個人的にはコドモエロ漫画をどう思うか聞いてみたいです。会田誠のシャレに大金つっこめる人だけにまさか真っ赤になって怒るとかはないとは思いますけども。いまいちばんアツい作品つくりたかったら幼児が中年男たちのちんぽに凌辱されてる的なエロ漫画のシーンをアメリカのぶつぶつで有名になった人(名前忘れた)みたいに拡大して出品すればいい。だれもできねえだろうけどなー。ははは。なんてLOの足もとにも及ばない程度(笑)現代ビジツみて笑ってるのってまだ許容範囲的に余裕があるからで、だれがみても十中八九マジで怒り狂うものみせられたら人はカンタンに魔女狩りをはじめるよね。ひろしまでピカ雲時に巻き起こったちんぽさんたちへの非難囂々といい。そういう作品みてマジ怒った人ばっかカメラにおさめてテキトーに億くらいでグッゲンハイムに売りつけちまえばいいのに。そもそもコドモっていう概念自体がたしか西洋では数百年前にはなかったそうですしね。むかしからある思想ってのは「現在」には実はあまりなくて、ほとんどは歴史的にはごく最近できたもので埋めつくされてるがリアルタイムってことなのかな。よくわからない。